中岡慎太郎銅像

高知市から国道55号をおよそ85km、室戸岬の最先端にあって太平洋の彼方に目線を向ける銅像こそ「中岡慎太郎銅像」である。1935(昭和10)年、安芸郡下の青年たちの7年に及ぶ活動の末、現在の場所に建てられた。銅像の制作者は本山白雲。

台座正面には「贈正四位 中岡慎太郎」とあり、書は若き日に中岡慎太郎とともに活動した田中光顕によるもの。

中岡慎太郎は1838(天保9)年に現在の安芸郡北川村にて、大庄屋の息子として生まれ、幼少の頃から勉学に励んだ。1855(安政2)年に武市半平太と出会ったことで政治活動に目覚め、1861(文久元)年に武市が結成した土佐勤王党に加盟、本格的に志士活動を展開した。

1867(慶応3)年7月、長州で見聞した奇兵隊を手本に、京都白河土佐藩邸を陸援隊本拠地と定め、陸援隊を組織。自ら隊長となった。
しかし、同年11月(太陽暦12月)に京都四条の近江屋に滞在していた坂本龍馬を訪問中、何者かに襲撃され瀕死に。二日間は生き延びたものの死去。30歳という若さであった。

中岡慎太郎銅像