松江市天神町に鎮座する「白潟天満宮」。地元では「天神さん」と呼ばれ、門前町の商店街とともに親しまれてきた。主祭神は学問の祖神として知られる菅原道真公で、配祀神に少名毘古那神を祀る。菅原天満宮、三刀屋天満宮とともに、出雲三天神のひとつに数えられる。
社伝によれば、始まりは保元年間(1156〜1158年)にさかのぼる。出雲国を治めた平忠度の奉行として、富田城の築城に下向した武将・平景清が眼病にかかり、菅公に一心に祈ったところ夢のお告げで全快した。景清は厚く菅神を信仰し、富田城内に社殿を建立して鎮守として祀ったという。その後、慶長年間(1603年ごろ)に堀尾吉晴が富田から松江の亀田山へ城を移すこととなり、当社も白潟の現在地へ奉遷された。奉遷後は歴代松江藩主の尊崇を受け、藩費によって造営・維持が行われた。
江戸時代以来、学問の祖神として庶民の信仰を広く集めてきた。創建の故事から眼病の神として、配祀神の神徳から病気平癒の神としても崇められる。受験合格祈願や初詣、七五三詣の参拝が多く、家内安全・厄除・諸業繁栄を願う人も絶えない。小泉八雲は『神々の国の首都』に、松江大橋から南へ続く天神町の広い通りと、その先の天神様を祭る大きな神社の姿を描いている。1906(明治39)年には神饌幣帛料供進神社に指定され、現在は島根県神社庁指定の特別神社に列せられている(旧社格は村社)。
境内では、唐破風を戴く拝殿の姿が目を引く。拝殿は1917(大正6)年に通殿・随神門とあわせて建立されたもので、本殿については1815(文化12)年の再建を示す棟札が残る。社殿は松江市の歴史的風致形成建造物にも指定されている。末社には、菅公幼少時の神像を祀り「ぼけ封じ」で知られる「おかげ天神」、藩主お抱えの名工・小林如泥の作と伝える建築に祀られる厳島神社、あえて北向きに祀られる稲荷神社、亀の背に祀られる児守神社などが並ぶ。おかげ天神では、布に清水を含ませて神像を拭い清める「御身拭い」の参拝ができる。境内には駄菓子とたこ焼きの店もあり、参拝の合間の楽しみになっている。
祭りは三大祭を軸に回る。春祭は3月25日で、祈年祭に梅花祭・筆祭を兼ね、使い古した筆の供養が行われる(筆祭は1977(昭和52)年のご遷宮以来、併せて行われている)。例大祭は7月25日で、前夜祭の24日から「天神さん夏祭り」として神輿渡御や悪切神事が繰り広げられ、露店が並んで数万の参詣者で賑わう。松江開府以来400年以上続く、松江の夏を代表する祭りである。秋祭は10月25日の新嘗祭。さらに毎月25日の月例祭には、境外の天神町商店街で「おかげ天神市」が開かれる。
JR松江駅から徒歩7分ほど。城下町の表通りに面した門前町の一角にあり、駅からの散策の途中に立ち寄れる近さも魅力である。受験シーズンや初詣には、学業成就を願う参拝者が静かに手を合わせる姿が見られる。
